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旅暦『まほろば』

―森を駆け、遺跡を求めて道を歩み、海を訪ねては潜る。尋ねる先は、日出ずる国。

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松江紀行

※今回の最高の一枚
 9月初旬、不意に一人旅をしようという気分になった。行き先はお隣の県、島根の出雲市、松江市。
その気になった次の日、早速島根へと向かった。

基本的に交通機関は電車(汽車)を用いる。バスほど路線が複雑ではないから、軽く下調べする程度で済む。

―鳥取市(因幡国)

 朝9時前に自宅を出て、最寄り駅から鳥取駅へ。さすがに平日なだけあって、わりと人が多い。

『JR山陰本線特急 - スーパーおき3号 - 新山口行』に乗っていざ出発!
生憎の曇天(時々小雨)だったが、汽車からの眺めはわりと良い。
収穫時を迎えた田園も見られる。ここはもう、収穫し終えた様だ。今年は豊穣だったろうか。
暫くすると、雲の隙間から何やら青空が。
このまま晴れてくれると良いのだが…。

―大山町(伯耆国)

 出立から1時間ほど、米子市の東隣に位置する大山町付近まで辿り着いた。

窓からは島根半島の最東端、美保関港だろうか。とすると恐らく手前に広がる海原は美保湾に違いない。
後40分ほどもすれば、松江に着く。

とその時、視界に白い塔が映った。風車だ。

近頃の自然エネルギー需要で俄かに注目が集まっている風車だが、景観を損なうという理由で反対する住民も多いと言う。
鳥獣の生態に影響があると言う説もある。…なかなか難しい所だ。

おや…??どうやらまた雲が出て来たらしい。
なかなか一筋縄にはいかないものだね。

―松江市(出雲国)

 漸く松江市内に入る、という頃にはもう、晴天時の面影は殆ど消え去っていた。
そして終に到着。
先ずは市内を散歩しつつ、松江での目的地である松江城へと向かう。
写真は大橋川に架かる新大橋。先ほど車内で撮った山が見える。
橋を渡ると、少しばかりレトロな通りに入った。末次本町…或いは東茶町だろう。
後で知った事だが、ここは嘗て商人の町だったらしい。言われてみれば確かにそう感じる。
狭い小路を通り抜けて、堀川沿いに出た。堀川めぐりはこの通りに発着場の一つがあるらしい。
天気は悪いし時間もなさそうだし…と言う事で今回は乗船を断念する事にした。
それにしてもこの塀の古びた感じが、周囲の景色と見事に調和している。気のせいだろうか。

所で、道路に必ずあるアレ。さすが観光地なだけあって、デザインが凝っている事は勿論の事、彩色もしっかりされており探すだけで楽しい。
そろそろ、松江城に着く。願わくばそれまでに、雨が止みます様に。

---

 起こって欲しくない事象と言うものはどう言う訳か願懸けるほど叶わぬもので、結局松江城に到着しホッとしたのも束の間、直ぐに雨が降り始めた。
と言っても帽子を被っていると気にならない程度ではあった。カメラも問題なく映るし、まぁ大丈夫だろう。
そう楽観視しつつ、県庁前のある人物の銅像を見物しにふらふらと近寄ってみた。
誰だかお分かりになるだろうか。余程の物好きでもない限り、恐らく分かる人はおるまい。
自分は最初、堀尾吉晴かなと見当付けていたが見事に外れてしまった。

さて。あまり悠長にしていると本命を堪能出来なくなってしまう。
そう思いつつ振り返った先には予てより訪れたかった、松江城があった(当たり前だが)。
2001年に復元されたという太鼓櫓・中櫓・南櫓が物々しく並んでおり、遠めにも圧巻だった。
早くあの天守閣に登りたい。雨が本格的に降り出す前に。

---

 やれやれ、どうやら天守閣に登るまでなら天気は持ちそうだ…内心少し安堵しながら大手門跡を通り抜けた。
そんな事なかった。
城内に入って直ぐ、馬溜まりと呼ばれる区画を通過し一先ず二ノ丸下段と呼ばれる区画の立て看板に近寄った時、急に雨が降り出した。

最初は直ぐ小ぶりになるだろうと気に留めないで居たが、一向に止む気配がない。
諦めて折り畳み傘を使う事にした。小さくとも大分邪魔である。
まぁこれも旅の思い出としては良いかも知れないなと考えながら、とは言え先を急ぐ以上、あまり悠長にしている間もなく二ノ丸へと続く階段へと向かった。
…この石垣を攻め込む際に攀じ登る必要があったのかも知れないと思うと、現代に生れて良かったと思う。

それにしても観光地化しているとは言え、あまり趣のない階段だな。傘のお陰でろくに視界が確保出来ないのだからそんな所に目が行ってしまった。

---
 上りきった階段から反対側を眺めると、立派な木や並木があり、森の中に居るかの様な錯覚を受ける。(絵にはならないので載せていませんが)
さて二ノ丸側を見ると、随分と綺麗に手入れしたであろう光景が目に映る。



※180°パノラマです。クリックすると拡大したものがご覧になれます。

櫓の中は祭りで使うのか、灯篭の様なものが沢山置いてある。その中で何も置かれていない、登れる櫓があったので登ってみた。
カメラのお陰で明るく見えるが、実際にはもう少し暗い。中は何もなく、狭い格子窓からただ外を眺めるのが精一杯と言った所だろうか。
矢挟間の作りもしっかりしていて昔の雰囲気が分かり易い。
一周して天守閣の方へ向かうと、途中で和洋折衷の様な建物が見えた。
鳥取城跡にも仁風閣と言うものがあったが、どうやらこれもその類のものらしい。

やがてそうこうしている内に直ぐ隣の神社を過ぎ、遂に天守閣の在る本丸まで辿り着いた。
ちょうどこの頃、雨も止んだ。

---

 城門付近に辿り着くと、複雑に入り組んだ石垣が視界を狭める。城好きなら共感してもらえそうだが、こういう光景は築城者の意図に間近に触れる事が出来る様な気がして、とても心地良い。
今でこそ石垣しか残っていないため城門を臨む事が出来るが、昔はこの石垣上を重厚な多聞櫓が張り巡らされていたのだから、さぞ圧巻だったろう。
空中戦のない時代に城を攻めると言う事がどれだけ大変な事なのか…野戦の方がまだ生きて帰れそうな気がする。

そうして遂に、天守閣まで到着。城郭に魅せられて早8年、初めて現存の天守閣を拝める事となった。
※ちなみに熊本城を訪れた事があるので、天守閣に限りなく近い宇土櫓を拝んだ事ならある。
敢えてお決まりの構図からは少しずらし撮影した。ネット時代の今となってはお決まりの構図なんて10秒もあれば見る事が出来る。
折角なので天守閣を、西廻りに撮影してみた。


基本的に望楼型天守閣と言うものは、見る角度によってその表情が変わるものではあるとは言え、付属櫓のある松江城ではその度合いは更に増す様だ。
残念ながら立地的に、北と東の方角からは全体を映す事は出来ない。
それでも間近で見ると、その武骨さが際立ち、歴史の重さや当時の人々の生き様を幾ばくか感じられる。
正面から眺めても、望楼の調和が取れており美しい。
そうして漸く、天守閣に入場する事となった。

---

 さて、早速入り口に入る。
※個人情報の観点からモザイクを掛けてあります。

流石に観光客に配慮されている様で、そこまで時代を感じる事は出来ないが、調和していないと言う訳ではない。
受付で予め購入しておいたチケットを手渡し(本丸に入場すると直ぐの場所で売っている)、いざ入場!

入ると直ぐに、古の空間に紛れ込んだかの様な光景が広がる。室内を照らす蛍光灯が辛うじて現代である事を告げている。

早速、矢狭間を見つけた。大きさ的に、ここから標的目掛けて矢を射るのは出来ない。恐らく火縄銃用のものだろう。
1階は大改修の際に出土した遺物や嘗て城下を見下ろしていた木製の鯱が展示されていた。

一通り見終えた後、2階へと続く、最後の最後まで守りを意識した急傾斜の階段を登る。
そしてパンフレットにも案内されてある、石落しを2階で発見。石落しとは言うが、攀じ登ってくる敵を撃退するための石を投石するには少し狭い。敵に侵入されるほどの大きさを設ける事が出来ないのだから当たり前だ。
この石落しも実際には、熱湯や大量の砂を落としていたと考えられている。確かにその方が効率的だし、城中の女子供も戦力として加わる事が出来そうだ。
尤もここ松江城では江戸末期まで戦渦に巻き込まれる事なく明治維新を迎えたのだが。

2階の柱はどれも複数の木々を合わせ纏めた、頑丈な造りになっている。科学的に見ても随分と理に適っているそうだ。
後で知った事だが、この柱の内の一つにある木目がハート型をしており、ちょっとした縁結びのスポットになっているらしい。

絶賛独り身の自分としては、少し後悔せざるを得なかった。まぁ良いさ。
さてそんな事より、もう直ぐで最上階だ。

---

 階段を登り切るとそこには雄大な自然が360°に広がっていた。現存する天守の中でも1,2を競う開放感なのではないだろうか。
※個人情報の観点からモザイクを掛けてあります。

3階までの薄暗さとは対照的で、どことなく自分が大きくなった様に感じられる。
早速、四方を見渡す事にした。この時、雨は殆ど止んでいた様に記憶する。



西




陳腐な感想だが、とても良い眺めだった。窓の全開にされた最上階には心地良い風が吹き渡り、晴天だとさぞ壮大に感じる事だろう、と言う確信を抱かせた。

名残惜しくはあるが、次の目的地に行かねばならない。
帰りに登城記念簿に名前と感想などを記入し、天守閣を降りる事にした。

---
 結局お決まりの角度からも撮影し、北に位置する裏手側から塩見縄手と呼ばれる武家屋敷へと向かう。

帰り際に撮った鯱は、もう大分歳月を感じさせるものとなっていた。
裏手口脇にあった乾櫓跡を写真に収め、
古風な簡易型の門を潜り抜けた後、
遠ざかる天守閣を後にし、
小泉八雲の愛したと言う城山稲荷神社に参拝し、
さぁ城下へ、と言う寸での所で小さな飲食店を発見した。もう昼を過ぎると言うのに、そう言えば未だ朝食すら摂っていなかった。

しじみ汁は、あるだろうか。

---

 曇天にも関わらず、堀川巡りの船に次々とお目にかかる。
松並木の並ぶ通りを東に向かって行くと直ぐに、塩見縄手に辿り着いた。
公開されている小泉八雲旧家の看板が見える。近くまで寄ってみた。
建物の中に入るにはお金を払う必要がある。が、時間が迫っていた自分は中を覗き込むだけに留めておいた。

塩見縄手を抜けると、北へ向かって左折する道を辿り、明々庵という茶屋に着いた。
下調べをしていなかったのでどういう造りになっているのか良く分からない。
結局、眺めの良い事だけしか分からなかったが、帰りに見つけた立て看板によると、松平不昧公ゆかりの茶屋だったらしいと言う事が分かった。
帰りは松江城の大手門を目指し歩いていたが、途中にあった木造の橋は趣深く、
松江城を去るのが名残惜しく感じた。
これから、昨年3月に開館したばかりと言う松江歴史館に向かう。
但し、ここで3時間近くも時間を費やしてしまい、予定の電車に乗るべく、写真を撮る間も無く松江しんじ湖温泉駅へと足早に向かった。
 
 
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