一枚、また一枚と散る紅葉が盛者必衰の理を物語る。
―松阪市(伊勢国)
松阪と聞くと松阪牛を連想する人が多いのだろうが、肉嫌いの自分が最初に連想したのはやはり松阪城であった。蒲生氏郷が天下人の夢を抱きつつ築き上げた未完の名城は石垣が美しい、と聞いて。
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鳥羽駅から伊勢市駅で乗り換えて松阪駅へ。到着して観光案内所でパンフレットや地図を手に入れ、目的地へと向かう。駅前は規模や賑やかさは比べ物にならないが、小田原駅のそれを少し思い出させた。
なお鳥羽城付近が殆ど落葉しきっていた事もあり、この段階ではただ石垣を見る事にしか興味が無かった。
所がいざ
松阪城を訪れると、大した規模ではないものの色鮮やかに紅葉した木を目にする事が出来た。もしかするとちょっとした紅葉狩りくらいは出来るかなと思いつつ、城跡へと足を踏み入れた。
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松阪城の表門跡を潜り丁字路の右手を歩いてゆくと
歴史民俗資料館が見えてくる。
どれくらい時間を割いて見て回ろうかと考えながら近付いてみると、残念な事に休館日の様で敷地内にすら立ち入る事が出来ない様だ。
仕方がないのでそのまま本丸の石垣を反時計回りに回る事にした。
多くの城跡がそうである様にまた、松阪城も今は小さな自然の中に在るが、それはつまり盛者必衰の理を肌に感じられるという事に他ならない。城跡とは日本人のDNAに根付いた〝もののあわれ〟の概念を優しく拾い上げてくれる、そんな場所なのだ。
木々は色鮮やかに染まった葉を、音も無く一枚また一枚と散らしゆく。
傾き始めた日の光は、木漏れ日となって地面を淡く暖かく照らす。
こんなに美しい紅葉など、今まで見た事が無かった。
惜しむらくは自分の撮影技術の低さくらいだろうか。
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半周ほどした所で
本居宣長記念館に着いた。こちらは開館している様だ。良かった。本居宣長と言えば古事記を解読し国学の発展に多大なる貢献をした事で有名だが、平安の時代を〝もののあわれ〟という概念から紐解き今までに無い新しい視点から評価した張本人でもあるそうだ。その本居宣長が生まれ育ったこの地で〝もののあわれ〟を強く、そして深く感じられるという事は、果たしてただの偶然に過ぎないのだろうか…。
さて、そんな本居宣長の自筆稿本類や遺品などが展示された本居宣長記念館は、非常に見応えがあったのだが、建物そのものは立地的に建物の全体像を把握する事が難しかった。何か込められたモチーフはあるのかも知れないが、なんとか玄関付近を撮るのがやっとだった。
実は本居宣長記念館の直ぐ近くには
鈴屋と称される本居宣長の旧宅が移築されている。
1階のみとは言え、中に入る事も出来るのはありがたい。誰もが知る偉人の人間的な部分に触れられるという気分を味わえるからだ。
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一通り中を見尽くして外へと出る。日は既に殆ど落ちていた。鈴屋近くの
山門に掛かる紅葉は、美しい筈なのにそれよりもどこか寂しい気分にさせた。
全体の3/4周程すると、裏門跡に至る。付近の並木は落葉したばかりなのだろう、真下の地面は
色とりどりの紅葉で埋め尽くされていた。
儚いからこそ美しいのだ。美しいからこそ儚いのだ。そんな禅問答の様な考えに浸るのはそれが自分の性分だからだろうか、それとも万人の行き着く所なのだろうか。
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やっと辿り着いた本丸跡は、整備が行き渡っているからだろう、夕日を一身に受けほんのりと緋色に染まっていた。
既に
天守台付近は落葉しきっており、哀愁感が際立っている様だった。さほど遠くはない昔、ここに天守を再建する声が上がったそうだが反対意見も多く、結局取り止めになったという経緯があったそうだが、もしそのような歴史的価値の無い箱物が建っていたら〝もののあわれ〟を感じる事は無かっただろう。そう思うと反対の声を上げた人々を賞賛せずにはいられない。何せ現実にはそういった短絡的な発想の方が主流として罷り通っているのだから。
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裏門跡を出て直ぐの場所に四五百の森という森がある。そこに本居宣長ノ宮と呼ばれる神社や松阪神社が鎮座しているのだが、ここの木々は見た所全く紅葉していなかったが、かと言って落葉が目立つ訳でもなかった。
ただただ静寂が包み時の流れを遅く感じさせる、そんな場所だった。
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同じく裏門跡を出て直ぐの場所に
御城番屋敷と呼ばれる武家屋敷がある。江戸末期に松阪城警固の任を受けて移り住んだ武士たちの生活の拠点だったこの場所は、歴史的建造物であると共に、今でもその子孫が日常生活を営む場所でもあるというとても稀な場所なのだそうだ。
この世にはきっと、時も人も何もかもが移ろいゆく様でいて、変わらないものもまた多くあるという事なのだろう。
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実を言うと当初は、松阪をさくっと観光した後に時間があれば近くの津市まで津城でも見に行こうかと考えていたのだが、松阪の紅葉の美しさに惹かれてしまいその目論見は叶う事が無かった。然しそれは全く問題にはならない。何故ならこういう意外性こそが旅の楽しみでもあるし、自分の求めるものでもあるのだから。
こうして1日目の旅が終わり、晩秋の柔らかでほんのりと冷たい風を身に受けながら、伊勢市に在る宿へと向かった。
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