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旅暦『まほろば』

―森を駆け、遺跡を求めて道を歩み、海を訪ねては潜る。尋ねる先は、日出ずる国。

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坂井紀行

※今回の最高の一枚
 北陸の旅2日目、丸岡城を観に坂井市へと向かった。日本最古とも云われる古城を観るのが、待ち遠しい。
 
―坂井市(越前国)
 
 朝9時頃、丸岡駅に到着する。丸岡駅の近くにレンタサイクル屋があるとWebサイトに載っていたが、駅員さんに尋ねた所、「レンタサイクル?無いよ。」との事…。
それならバスにと時刻表を見ると、駅に到着したのと同時に出発したヤツが午前中最後のものだった。

時間が勿体無い為、仕方なく徒歩での訪城を決意する。とは言え自転車に乗れるものとばかり考えていた為、10kg程のバックパックを背負った儘であり、非常に進みが遅い。しかも木陰の無い炎天下の田舎道を延々と直進するものだから、体力以上に精神力の維持が困難であった。
 
---
 
 そうしてやっと丸岡城に到着した。全国でも石瓦を葺いた城郭で現存しているものは、確かここ丸岡城だけである。石瓦という特性上重厚感が有るからか、実際の大きさ以上の圧迫感とでも言うべき感覚に襲われた。

嘗て二の丸であった場所から本丸へと登ると、反対側の出入口に①牛ヶ島石棺が在った。そこの案内標識から越前国が継体天皇の母の出身地であるとの旨が書かれており、皇室の謎をまた一つ知る事となった。
 
 天守の出入口前に設置されている②鯱は、昭和期の修理時に資源不足から木彫銅板張りであったものを石瓦と同質の石材で代用したもので、福井大震災時に落下したものであるそうだ。普通に銅板無しの木彫じゃ駄目だったのだろうか。
天守の内部にある階段は非常に急勾配であり、他の現存天守の比では無かった。まさかロープを掴まないと昇り降りが大変な程だとは…。
なお③天守からの眺望は中々に良く、雲一つ無い晴天であれば更に遠くまで望めそうだった。
 
天守を降り、本丸帯曲輪へと向かうと、④この城の別称になった伝説を持つ井戸が在る。
また、牛ヶ島石棺の傍の道を下りると、⑤丸岡歴史民族資料館が在る。この資料館は非常に規模が小さく、そこまで面白みのあるものではなかった。

そして再度丸岡城本丸まで登り、豊原門跡からバス停の在る道へと向かう。どうも現在ではこちらが⑥正面の出入口の様で、立派な石碑が建っていた。
 

①牛ヶ島石棺

②鯱

③天守からの眺望(西)

③天守からの眺望(北)

③天守からの眺望(東)

③天守からの眺望(南)

④雲の井

⑤丸岡歴史民族資料館

⑥丸岡城 現正面入口

 
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